神戸地方裁判所 平成11年(ワ)1571号 判決 2000年8月29日
甲事件原告
北岸増三
被告
山縣建設株式会社
乙事件原告
脇田英利
被告
北岸増三
主文
一 被告山縣建設株式会社は、原告に対し、金六七万二六〇八円及び内金六一万二六〇八円に対する平成八年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 原告は、被告脇田英利に対し、金八四六万九九五四円及び内金七七一万九九五四円に対する平成八年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告脇田英利のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じてこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの各負担とする。
六 この判決は第一項及び第三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 被告山縣建設株式会社(以下「被告会社」という。)は原告に対し、金七七二万六五五二円及びこれに対する平成八年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告会社の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 原告は被告脇田英利(以下「被告脇田」という。)に対し、金四二五三万一六五七円及び内金三八七三万一六五七円に対する平成八年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告脇田の請求を棄却する
2 訴訟費用は被告脇田の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 平成八年二月二一日午前二時一〇分ころ
(二) 場所 大阪府堺市錦綾町一丁五番一〇号先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 原告車両 普通乗用自動車、和歌山五八せ七五四五
(四) 被告車両 普通貨物自動車、和泉四六さ八六二二
(五) 態様 被告脇田の運転する被告車両が本件交差点手前道路を南から北へ向かって歩道寄り車線(以下「第一車線」という。)を進行して本件交差点に進入し、東へ向かって右折したのに対し、原告が運転する原告車両は、中央分離帯寄りの車線(以下「第二車線」という。)を南から北へ向かって直進して本件交差点に進入し、被告車両の右側部に衝突した。
2 責任原因
(一) 被告脇田の過失
(1) 被告脇田は、本件交差点を右折するに際し、あらかじめ、第二車線へ自己の車両を寄せた後、右折する義務があるにもかかわらず、これを怠って第一車線からいきなり本件交差点を右折した。
(2) 被告脇田は、本件交差点を右折するに際し、右側後方から進行してくる原告車両を確認する義務があるにもかかわらず、これを怠って原告車両の進行を確認することなく本件交差点を右折した。
(3) 被告脇田は、飲酒の上、被告車両を運転していた。
(二) 被告会社は、被告車両を自己のために運行の用に供していた。
よって、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条により、原告の損害を賠償する責任がある。
3 原告の傷害及び治療状況等
(一) 原告は、本件事故により、口腔内・下口唇部裂創、右膝蓋骨開放性骨折の傷害を受け、左記のとおりの治療を受けた。
(1) 平成八年二月二一日から同年五月一四日まで財団法人中山報恩会住之江病院(以下「住之江病院」という。)に入院
(2) 同年五月一六日から同年九月四日まで同病院に通院(実通院日数四一日)
(二) 原告は、平成一〇年二月六日に症状固定した。
(三) 本件事故によって、原告には労働能力喪失率一〇パーセント相当の後遺障害が残った。
4 損害
(一) 治療費 八二万〇六一七円
(1) 入院治療費 三九万八一一七円
ただし、国民健康保険の三割負担分を請求する。
(2) 入院部屋代 二四万九〇〇〇円
ただし、一日当たり三〇〇〇円として八三日分である。
(3) 入院雑費 一〇万七九〇〇円
ただし、一日当たり一三〇〇円として八三日分である。
(4) 通院交通費 六万五六〇〇円
ただし、一回当たり一六〇〇円として四一回分である。
(二) 入通院慰謝料 二〇〇万円
(三) 後遺障害慰謝料 二〇〇万円
(1) 下顎部瘢痕創
長さ一・五センチメートルのものと長さ二・〇センチメートルのもの二箇所
(2) 右膝蓋骨円側部骨欠損(粉砕、骨片摘出)
可動域については疼痛のため自動可動域に制限があり、今後、悪化することはあっても改善は期待できない。
(四) 休業損害 三三五万六一六四円
ただし、年収六二五万円、入通院期間一九六日間として算出する。
(五) 逸失利益 一八七万五〇〇〇円
年収六二五万円、本件事故による原告の労働能力喪失率を一〇パーセント、喪失期間三年とするのが相当である。
(六) 弁護士費用 七〇万円
(七) 合計
原告の損害は、合計金一〇七五万一七八一円である。
5 過失相殺
原告の側には、制限速度を超えて原告車両を運転した過失があり、これにより、一割の過失相殺減額を行う。
6 損害の填補
原告は、本件損害の填補として金一九五万円の支払を受けた。
7 よって、原告は、被告会社に対し、不法行為に基づき、損害金七七二万六五五二円及びこれに対する本件事故の日である平成八年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、(五)は否認し、その余は認める。
2 同2の事実のうち、(一)の(3)及び(二)は認め、その余は否認する。
被告脇田は、わずかに酒気帯びの状態で被告車両を運転していたが、そのために判断力が鈍麻したということはなく、過失とはなり得ない。
3 同3、4の事実は不知。
4 同5の主張は争う。
5 同6の事実は認める。
三 抗弁
原告は、前方不注視の上、制限速度を超えて時速九〇キロメートルの速度で原告車両を運転した過失があり、これにより、七割の過失相殺減額を行うべきである。
四 抗弁に対する認否
過失相殺の程度について争う。
(乙事件)
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 甲事件請求の原因1の(一)ないし(四)に同じ。
(二) 事故の態様
信号機の設置されている交差点において、被告脇田は対面信号が青であることを確認し、右折しようとして交差点内に進入したとき、後方を直進してきた原告車両が被告車両に追突したものである。
2 責任原因
原告には前方不注視及び速度違反によるハンドル操作不適切の点について過失があるので、民法七〇九条により被告脇田の損害について賠償する責任がある。
3 被告脇田の受傷及び治療状況等
(一) 被告脇田は、本件事故により骨盤骨折、右膝腓骨骨折、肋骨骨折、膀胱損傷、肝臓損傷、肺挫創傷等の傷害を受け、左記のとおりの治療を受けた。
(1) 平成八年二月二一日から同年五月一日まで大阪府立泉州救命救急センター(以下「泉州救命救急センター」という。)に七一日間入院
(2) 同年五月一日から同月一三日まで医療法人いずみ会阪堺病院(以下「阪堺病院」という。)に一三日間入院
(3) 同年五月一三日から同年九月六日まで大阪労災病院に一一七日間入院
(4) 同年九月七日から平成九年七月二三日まで大阪労災病院に三二〇日間通院(実通院日数二九日)
(二) 被告脇田は、平成九年七月二三日に症状固定したが、左記の後遺障害が残存した。
(1) 自覚症状 腰痛、右足麻痺、臀部痛、右膝可動内制限
(2) 他覚的所見 骨盤の著明な変形、右足首に知覚障害、右下肢長が左下肢長より二センチメートル短縮変形、右膝関節に運動制限、足関節に運動制限
(三) 右後遺障害について、自賠責保険料率算定会において第一一級一〇号、第一二級七号、第一二級五号に該当し、併合九級であるとの認定を受けている。
4 損害
(一) 治療費 一二九万三五五〇円
(二) 付添看護費 五五万円
入院期間中、一〇〇日間について妻の付添を要した。一日当たり五五〇〇円が相当である。
(三) 入院雑費 二五万八七〇〇円
ただし、一日当たり一三〇〇円として一九九日分である。
(四) 通院交通費 一九万六五〇〇円
(五) 休業損害 四四三万二六八〇円
被告脇田の一日当たりの平均所得は一万五七六〇円であり、同被告は本件事故により二四三日間休業した。また、同被告は、平成八年度分の賞与について本件事故により六〇万三〇〇〇円の減額を受けた。
(六) 入通院慰謝料 三三二万円
入院六か月半、通院一〇か月半であるが、骨折多発の重傷事案として慰謝料は三三二万円が相当である。
(七) 逸失利益 三二二九万六七〇七円
被告脇田の年収は七〇三万五四〇〇円、労働能力喪失率三五パーセント、喪失期間一九年(係数一三・一一六)とする。
(八) 後遺障害慰謝料 六〇〇万円
九級の慰謝料として六〇〇万円が相当である。
(九) 合計 四八三四万八一三七円
5 損害の填補
被告脇田は、本件損害の填補として、これまでに九六一万六四八〇円の支払を受けた。
6 弁護士費用 三八〇万円
本件の弁護士費用としては、金三八〇万円が相当である。
7 よって、被告脇田は、原告に対し、不法行為に基づき、損害金四二五三万一六五七円及び内金三八七三万一六五七円については本件事故の日である平成八年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち(一)は認め、(二)は否認する。
2 同2の事実のうち、原告が速度違反をしていたことは認め、その余は否認する。
3 同3の事実のうち、(一)、(二)は不知、(三)は認める。
4 同4の事実は不知。
5 同5の事実は認める。
6 同6の主張は否認する。
三 抗弁
被告脇田は、本件交差点において右折する際、あらかじめできるだけ道路の中央に寄り交差点の中心の直進内側を徐行し、第二車線を直進して来る車の有無ないし安全を確認すべき義務があったのにこれを怠って右折した点に過失があり、原告の賠償すべき金額は、被告脇田の損害額から同被告の過失の割合に応じ八割から九割を減額すべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁については争う。
理由
一 甲事件及び乙事件の各請求原因1の事実のうち、本件事故の態様を除き、その余は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件事故の態様について検討する。
証拠(乙一の1ないし3、5、6)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故現場は、市街地のアスファルト舗装された平坦な道路の交差する信号機により交通整理の行われている交差点内であって、本件交差点付近の南北方向の見通しはよい。
本件事故の生じた南北に通じる道路(以下「本件道路」という。)は、車道の幅員が一四・一メートルで、幅〇・九メートルの中央分離帯で分離され、両側に歩道があり、事故の生じた北行き車線は二車線となっており、時速五〇キロメートルの速度制限が加えられている。
本件道路には中央分離帯があるが、本件交差点の手前には東西に横切る横断歩道があり、中央分離帯は横断歩道の手前で途切れているので、本件道路から右折先の道路へは通常の運転方法で右折することが可能である。
2 被告脇田は、本件交差点を右折するため、その手前約一四〇メートルの地点で、第一車線から第二車線に進路を変更したが、被告車両がディーゼル車であってパワーステアリングも付いていなかったので、右折を容易にするため、約三〇メートル手前の地点で、一旦左に寄りながら大回り気味に交差点を右折しようと考えて、第二車線から第一車線に車線変更した。このとき、被告車両は、右側面まで含めて完全に第一車線を走っていた。
被告脇田は、本件交差点の手前約一七メートルの地点で、右に方向指示器を出しながら、右後方を確認したが、原告車両を確認できなかったため、時速約一〇ないし一五キロメートルに減速して本件交差点に進入した後は、右折の方向指示器を出していたものの、右後方の安全を確認しないで右にハンドルを切り大回り気味に右折を始めた。
3 一方、原告は、事故直前、時速約九〇キロメートルで本件交差点に向かって第二車線を走行し、本件交差点の手前約九〇メートルの地点まで進んだとき、本件交差点の進行方向の信号が青であることを確認したものの、先行している被告車両には全く気が付いていなかった。
原告は、本件交差点の手前約三〇メートルの地点まで進んだとき、約三〇メートル先の第一車線から、被告脇田の運転する車両が右折しようとしているのを初めて発見し、急ブレーキを掛けた。
4 しかし、原告車両は、第二車線を直進し、本件交差点の中央付近で、その左前部が被告車両の右側面中央部に衝突し、両車両は衝突後約二三メートル北に走行して停車した。
5 甲第七号証によれば、原告は、原告車両を時速八〇ないし九〇キロメートルの速度で進行させていた旨の供述しているが、乙第一号証の三によれば、原告が被告車両を発見してから停止するまでの距離が約八〇メートルであり、被告車両と衝突したままこれを押すような形で二三メートルも進行していることを考え併せると、原告車両の速度は優に時速九〇キロメートルを超えていたものと認めるのが相当である。
6 なお、被告会社は、被告車両が交差点の手前約三〇メートルの地点で完全に第一車線まで車線変更をしたものではない旨主張する。
しかしながら、衝突地点が第二車線の延長上にあるのであり、原告車両の左前部が被告車両の右後部に衝突することなく右側面中央部に衝突した事実からすると、被告車両が第二車線に一部でも残っていたとは考えられないので、被告会社右の主張は採用できない。仮に、被告車両の一部が第二車線に残っていたとしても、後に認定する過失割合に影響を及ぼすものではない。
三 責任原因及び過失割合
1 責任原因
(一) 原告の責任
原告は、本件道路を走行する際、前方を全く注視せず、制限速度を四〇キロメートルも超過した時速約九〇キロメートルで走行した過失がある。
(二) 被告脇田の責任
自動車は、右折をするときは、あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り、かつ、交差点の中心の直近の内側を徐行しなければならない(道路交通法三四条二項)。しかしながら、被告脇田は、本件交差点を右折する際、道路の中央に寄らずに第一車線から第二車線を越えて右折しようとしたのであり、過失が認められる。
(三) 被告会社の責任
被告会社は、被告車両を自己のために運行の用に供していた。
2 過失割合
本件事故は、前記のとおり、被告脇田が右折する際大回りしなければならない状況にないにもかかわらず、第二車線から一旦第一車線に車線変更した後、後方から進行してくる車両に注意することなく、第一車線から大回りで本件交差点を右折しようとして第二車線に進入したところ、原告が前方を全く注視しないまま、制限速度を四〇キロメートルも超過した時速約九〇キロメートルで第二車線を走行したため、本件交差点の手前約三〇メートルの地点に至って初めて被告車両の存在に気付き急制動をかけたが間に合わず、原告車両の左前部が被告車両の右側面に衝突した事案である。
原告は、被告脇田の過失が八割ないし九割である旨主張するが、原告は、見通しのよい本件道路を進行するに際し、前方に対する注意を欠いていたためか、先行する被告車両に全く気付いていなかったのであって、仮に通常の速度と注意力ををもって前方を注視していれば、容易に被告車両が右折しようとしていることを発見することができたのであるから、後行車両である原告の過失はそれなりに大きいといわなければならない。
一方、被告らは、原告の過失が七割である旨主張するが、被告脇田は、右折の合図を出していたものの、交差点内において後方の確認を怠ったまま右折するために第一車線から第二車線に進入したものであるから、その過失は原告の過失より大きいといわなければならない。
この事故態様に加え、被告脇田が本件事故の直前にウイスキーの水割りをコップ二杯分を飲酒していたこと、原告が本件事故当時免許取消処分を受け無免許であったことなどの諸事情を勘案すると、本件事故については、原告に四割、被告脇田に六割の原因があると認めるのが相当である。
四 原告の損害額
1 入院治療費について 三九万八一一七円
(一) 入院期間
証拠(甲二、甲三、甲五の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故によって、口腔内・下口唇部裂創、右膝蓋骨開放性骨折の傷害を受け、平成八年二月二一日から同年五月一四月まで八四日間(原告は八三日間と主張するが誤記と思われる。)住之江病院に入院していたことが認められる。
(二) 治療費
原告は、本件事故の治療を国民健康保険で受診したものと推認されるところ、証拠(甲二、甲三、甲五の2)及び弁論の全趣旨によれば、原告の入院の治療費としては、診療点数が一一万五八三九点であったことが認められ、原告が右の治療費のうち、国民健康保険本人負担分の三割を請求するものであるから、その主張のとおり金三九万八一一七円を認めるのが相当である。
2 入院部屋代について 〇円
原告は、入院部屋代として金二四万九〇〇〇円の損害を受けたと主張し、証拠(甲五の2)によれば、原告が室料として二九万九二一五円を住之江病院に支払ったことが認められる。
しかしながら、本件において、原告が特別室を使用しなければならないほど症状が重篤であったとは認められない上、原告の入院中、住之江病院に空室がなかった等の特別の事情が存したことを認めるに足りる証拠はないので、その室料を本件事故による相当因果関係のある損害と認めることはできない。
3 入院雑費について 一〇万九二〇〇円
原告は、前記のとおり、平成八年二月二一日から同年五月一四日まで八四日間入院していたところ、右入院期間中の雑費として、一日当たり一三〇〇円を要したと認めるのが相当であるので、入院雑費は合計一〇万九二〇〇円と認められる。
4 通院交通費について 〇円
原告は、通院交通費として一日一六〇〇円、通院四一回の合計として金六万五六〇〇円を主張する。
証拠(甲一ないし三、五の2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成八年五月一六日から同年九月四日までの間に四一日にわたって住之江病院に通院したこと、当時原告は大阪府堺市三宝町に居住していたこと、住之江病院は大阪市住之江区中加賀屋町に所在していることは認められるが、原告が一日一六〇〇円の通院交通費を要したことについては、これを認めるに足りる証拠はなく、他に原告の要した交通費を定めるに足りる証拠がない本件にあっては、通院交通費についてはこれを認めることはできない。
5 入通院慰謝料について 一四四万円
前記のとおり、原告は八四日間入院し、約四か月の間に四一日間通院していたものであるから、本件事故の入通院慰謝料としては、金一四四万円が相当である。
6 後遺症慰謝料について 五〇万円
原告は、下顎部瘢痕創と右膝蓋骨円側部骨欠損を後遺障害として主張する。証拠(甲三)によれば、原告の下顎部瘢痕創については、長さ一・五センチメートルのものと二・〇センチメートルのものであり、皮膚との癒着も認められるものの、瘢痕の長さから見て外貌に醜状を残すものとまではいえないし、また、右膝蓋骨円側部骨欠損について、甲第三号証には、可動域については疼痛のため自動可動域に制限があること、今後、自覚症状については悪化することはあっても改善は期待できないとの記載があるものの、これらの症状は原告の自覚症状にとどまることが認められる。
右事実によれば、原告の後遺障害を慰謝するものとしては、金五〇万円が相当である。
7 休業損害について 一二四万七四九七円
(一) 本件事故当時の収入について
(1) 原告は、本件事故当時の年収は六二五万円である旨主張し、これに沿う証拠として休業損害証明書(甲四の1)及び源泉徴収票(甲四の2)を提出している。
(2) しかしながら、休業損害証明書(甲四の1)には、原告が平成七年七月一日に有限会社スリーウェーブ(以下「スリーウェーブ」という。)に採用されたこと及び月収が五二万〇八八〇円であることが記載されているのにもかかわらず、源泉徴収票(甲四の2)には、スリーウェーブが原告に支給した平成七年度支払金額は、休業損害証明書に記載された月収の約一二倍に相当する六二五万円と記載されている。仮に、休業損害証明書の記載が正しいとすると、原告は、平成七年七月一日にスリーウェーブに採用され、月額五二万〇八八〇円の収入を得ていたにすぎないにもかかわらず、平成七年度の総収入が六二五万円であることは、賞与等として三〇〇万円余の支給を受けていたことになるが、年度の途中に採用された者が月収の五倍ほどの賞与等をその年度に支給されることは通常考えられない上、月収が五二万〇八八〇円であるにもかかわらず、賞与等を含めたと思われる年収が六二五万円という端数のない金額となっていることもきわめて不自然であり、これらの書面を作成したスリーウェーブはその後消滅したこと、その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、甲第四号証の一及び二はその信用性が低く、到底採用し得ないといわなければならない。
したがって、これらの書面から原告の本件事故当時の収入が年収六二五万円であったと認定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
原告が平成七年七月一日以降就労していたことは推認し得ないではないが、それ以前の就労状況や収入等について、原告は何ら主張立証しない上、原告は本件事故後逃走しており、さらに、後記のとおり、その後に起こした刑事事件により現在収監されていることは原告の自認するところであることなどを考え併せると、原告が賃金センサスに表れた収入と同程度の収入を得ていたとは考え難い。
(3) 以上の諸事実を総合すると、原告の場合は、賃金センサスを基礎として、その七割程度の収入があったと認めるのが相当である。
本件事故当時、原告は三三歳であったから、平成八年度の賃金センサスによれば、産業計・企業規模計・学力計・三〇歳から三四歳の男子労働者の賃金は五二一万八一〇〇円であるところ、その七割として、三六五万二六七〇円を原告の基礎年収とするべきである。
(二) 休業期間
原告は、入通院期間を合計した一九六日間が休業期間である旨主張する。
しかしながら、通院期間の四一日以外の日に原告が休業していたことについては、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、休業損害証明書(甲四の1)にも、平成八年二月二一日から同年五月一四日までの八四日間のみが欠勤期間として記載されているにすぎない。
よって、原告の休業期間としては、入院期間と実通院期間を合計した一二五日間を相当と認める。
(三) 結論
以上によれば、原告の本件事故による休業損害については一二四万七四九七円を相当と認める。
8 逸失利益について 五七万六一九九円
(一) 基礎年収
前記のとおり、本件事故当時の原告の収入は、賃金センサスの七割程度であったと推定される。
原告は、症状固定日の平成一〇年二月六日当時、三五歳であったことから、逸失利益の基礎年収額は三五歳男性の賃金センサスである六〇四万五四〇〇円の七割である四二三万一七八〇円が相当と認められる。
(二) 労働能力喪失率
甲第三号証の後遺障害診断書には、原告の膝の可動域については疼痛のため自動可動域に制限があること、また、自覚症状として、正座ができない・屈伸をすると右膝に痛みがある・階段の昇降時に疼痛あり・歩行時跛行残存することを訴えており、今後これらの自覚症状については悪化することはあっても改善は期待できないと記載されていることが認められる。
しかし、これらの症状は、原告の自覚症状にとどまる上、乙第一号証の六によれば、原告は、症状固定日である平成一〇年二月六日からわずか三か月後の同年五月一四日に、訴外井澤春男に対し手拳で後頭部を数回殴打する暴行事件を起こしており、この暴行事件の際に、原告は井澤春男を走って追いかけたことも認められることからすると、後遺障害によって労働能力が大きく失われたとは考えにくい。
以上を総合的に考慮すると、原告の労働能力喪失率としては、五パーセントにとどまると認めるのが相当である。
(三) 労働能力喪失期間
これらの症状による労働能力喪失期間は、原告が自認するとおり、三年に制限するのが相当である(三年間のライプニッツ係数は二・七二三二)。
(四) 結論
よって、原告の逸失利益としては、五七万六一九九円が相当と認められる。
9 過失相殺
以上を合計すると、金四二七万一〇一三円となるところ、前記のとおり、原告には本件事故に関し、四割の過失が認められるので、この過失割合に従って四割減額すると、原告が被告会社に対し本件事故に関して請求し得る損害額は、金二五六万二六〇八円となる。
10 損害の填補
原告は、本件損害の填補として金一九五万円の支払を受けたことについては当事者間に争いがない。
よって、原告の損害は、六一万二六〇八円である。
五 被告脇田の損害
1 治療費 一二〇万五九六〇円
(一) 証拠(乙九ないし一四)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田は、本件事故によって、骨盤骨折、右膝腓骨骨折、肋骨骨折、膀胱損傷、肝臓損傷、肺挫創傷等の傷害を受け、左記のとおりの治療を受けた事が認められる。
(1) 平成八年二月二一日阪堺病院に一日間通院
(2) 同日から同年五月一日まで泉州救命救急センターに七一日間入院
(3) 同年五月一日から同月一三日まで阪堺病院に一三日間入院
(4) 同年五月一三日から同年九月六日まで大阪労災病院に一一七日間入院
(5) 同年九月七日から平成九年七月二三日まで大阪労災病院に三二〇日間通院(実通院日数二九日)
(二) 証拠(乙一五ないし乙六九)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田は、右治療に際し、金一二〇万五九六〇円を支出した事実が認められる。
2 付添看護費 四一万二五〇〇円
乙第九号証ないし第一二号証の各診断書の付添看護を要した期間の欄には、何の記載もないことから、被告脇田の前記入院に際し、医師から近親者の入院付添について指示はなかったと認められる。
しかし、証拠(乙一〇ないし一二)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田は、本件事故により前記のとおりの傷害を受け、本件事故直後、出血性ショック、心停止状態であったこと、また、平成八年五月一三日、リハビリのため阪堺病院から大阪労災病院に転院したことが認められる。
以上の事実によれば、被告脇田の入院に当たって、少なくとも大阪労災病院に転院する平成八年五月一三日までは、近親者の付添看護を必要とする状態であったと認められ、この限度で付添看護費を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
乙第八号証によれば、被告脇田の妻は、平成八年五月一三日までに七五日間付き添ったことが認められ、近親者の付添看護費としては、本件に現れた一切の事情を考慮して、一日当たり五五〇〇円と認めるのが相当である。
よって、付添看護費としては、四一万二五〇〇円が認められる。
3 入院雑費 二五万八七〇〇円
被告脇田は、前記のとおり、平成八年二月二一日から同年九月六日まで一九九日間入院していたことが認められるところ、右入院期間中の雑費として、一日当たり一三〇〇円が相当であると認められるので、入院雑費は合計二五万八七〇〇円と認められる。
4 通院交通費 一七万一五〇〇円
証拠(乙六、七)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田は大阪労災病院に二九回通院したこと、通院には一往復当たりバス代として一〇〇〇円を支出したことが認められる。
また、前記のとおり、被告脇田の妻の付添看護としては、泉州救命救急センター及び阪堺病院の分のみ本件事故と相当因果関係を認めるところ、証拠(乙七、八)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田の妻は泉州救命救急センターに七〇日通院したこと、阪堺病院に五日通院したこと、前者の通院には一往復当たりバス及び電車代として二〇〇〇円を支払ったこと、後者の通院には一往復当たりバス代として五〇〇円を支払ったことが認められる。
よって、通院交通費としては、一七万一五〇〇円を認めるのが相当である。
5 休業損害 四四三万四一三八円
証拠(乙二ないし四)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田は、被告会社の営業職として本件事故前には一日平均一万五七六六円の収入を得ていたこと(なお、乙第二号証には、平成八年二月中の稼働日数は三一日と記載されているが、これは二九日の誤りであると認められ、一日の平均収入の算定に当たっては九〇日として算出する。)、本件事故の平成八年二月二一日から同年一〇月二〇日までの二四三日間稼働することができず収入を得られなかったこと、平成八年度分の賞与について本件事故による休業を理由として六〇万三〇〇〇円の減額を受けたことが認められる。
したがって、本件事故と相当因果関係にある被告脇田の休業損害としては、右二四三日分と減額分の合計である金四四三万四一三八円が相当である。
6 入通院慰謝料 三二〇万円
被告脇田は、本件事故によって前記のとおりの多数の傷害を受け、一九九日間入院し、三二〇日間通院したことが認められる。
また、証拠(乙一の6)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故後、無免許で自動車を運転していた事実の発覚を恐れて逃走することを思いつき、被告脇田が大きな怪我をしていると思いながらも同被告を救助することなく逃走していることが認められる。
以上の事実その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、被告脇田が本件事故によって受けた入通院期間中の精神的苦痛を慰謝するためには三二〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。
7 逸失利益 二七四九万八二八七円
(一) 証拠(乙一四)及び弁論の全趣旨によれば、被告脇田には、本件事故によって左記の後遺障害が残存した。
(1) 自覚症状 腰痛、右足麻痺、臀部痛、右膝可動内制限
(2) 他覚的所見 骨盤の著明な変形、右足首に知覚障害、右下肢長が左下肢長より二センチメートル短縮変形、右膝関節に運動制限、足関節に運動制限
(二) これらの後遺障害については、自賠責保険料率算定会に対する調査嘱託の回答によれば、第一一級一〇号、第一二級七号、第一二級五号に該当し、併合九級であるとの認定を受けていることが認められる。
(三) 基礎収入額
証拠(乙三、事故前年度分の源泉徴収票)によれば、被告脇田の事故前年度分の年収は、六四二万二〇〇〇円であることが認められる。
ところで、平成七年の賃金センサスによれば、産業計・企業規模計・学力計・四五歳から四九歳の男子労働者の賃金は七〇二万七五〇〇円であるところ、被告脇田の右年収はこれを下回っており(九一・四パーセント)、被告脇田において将来的に賃金センサス額を上回る年収を得られる蓋然性は必ずしも高いとはいえないことからすると、基礎収入額としては、症状が固定した平成九年の賃金センサスによる七一一万二七〇〇円を基礎としてその九一・四パーセントである六五〇万一〇〇〇円(一〇〇円未満切り捨て)とするのが相当と判断する。
(四) 労働能力喪失率
前判示のとおり、被告脇田の本件事故による障害認定級は、併合九級であるところ、その労働能力喪失率は三五パーセントと認めるべきである。
この点について原告は、労働能力喪失率は二七パーセントにとどまると主張するが、被告脇田の骨盤の著明な変化は同人が事故前に勤めていた営業職に少なからず影響を与えるものと考えられ、労働能力喪失率を制限する理由は何ら存しない。
(五) 労働能力喪失期間
被告脇田は、事故前は被告会社に勤務していたのであり、喪失期間を制限するに足る特段の事情は認められないので、労働能力喪失期間は、六七歳までの一九年間として算出する(一九年間のライプニッツ係数は一二・〇八五三)のが相当である。
(六) 結論
よって、逸失利益は、金二七四九万八二八七円となる。
8 後遺障害慰謝料 六一六万円
被告脇田の後遺障害の内容、程度及び諸般の事情に照らすと、後遺障害慰謝料としては、六一六万円が相当である。
9 過失相殺
以上により、被告脇田が本件事故によって被った損害額は、合計金四三三四万一〇八五円であるところ、前判示のとおり、本件事故に関しては、被告脇田に六割の過失があると認められるので、被告脇田の主張し得る損害額も、その過失割合に従って六割の減額を認めるべきである。
よって、被告脇田の主張し得る損害額は金一七三三万六四三四円である。
10 被告脇田は本件事故に関し九六一万六四八〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。
したがって、前記の損害額から九六一万六四八〇円を損益相殺として減額すると、本件事故による損害額は七七一万九九五四円となる。
六 弁護士費用
1 原告側
前記のとおり、原告が被告会社に対し本件事故に関して請求し得る損害額は、金六一万二六〇八円であり、その訴訟の弁護士費用としては金六万円が相当である。
2 被告側
前記のとおり、被告脇田が原告に対し本件事故に関し請求し得る損害額は七七一万九九五四円であり、その訴訟の弁護士費用としては金七五万円が相当である。
七 結論
以上の次第で、原告の請求は金六七万二六〇八円及び内金六一万二六〇八円(弁護士費用相当額を除いたもの)に対する本件事故の日である平成八年二月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、被告脇田の請求は金八四六万九九五四円及び内金七七一万九九五四円に対する平成八年二月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島田清次郎)